レアンドロ・エルリッヒ展で見つけた、サプライズとUX
六本木ヒルズの森美術館で、「レアンドロ・エルリッヒ展 : 見ることのリアル」が開催中だったので行ってみました。
行こうと思ったきっかけには、サイトに載っていた壁にしがみつく様のインパクトに強く惹かれたことと、以前どこかのデザイン系雑誌で見た覚えがあり、いつか実物を見てみたいと思っていたのもあったためです。
レアンドロ・エルリッヒ 氏はアルゼンチン出身のアーティストで、日本では金沢21世紀美術館に展示されている「スイミング・プール」でも有名になっています。
今回は新作を含む44点うち8割が日本未公開ということで、これは行く前から期待大でした。
例えばこの作品だと、
ゆらゆら揺れており、一見会場内に水を張って船を浮かべているかと思いきや、実は水面に映った形の船を作りコンピュータ制御で揺らしているという仕掛け。暗闇とおぼろげなライティングもあってあたかも水面に浮かんでいるように見えてしまいます。
他にも、
正面から見ると雲に見えますが、実はスライス板に着色しそれをいくつも重ね合わせて雲のように見せています。Webのフロントエンド領域でも、雲状のものを層状に重ねてみせる実装が取り上げられたことがあり、あたかもそうあるように見せるやり方には共通するものを窺えました。
そこで、一連の展示から学んだ点を備忘録及び後学として自分なりに整理・解釈しました。
騙し絵・トリックアートといった視覚表現の空間拡張版
エルリッヒ氏の作品には、どれも驚き要素が内在しているように見受けられました。それは、騙し絵だったりトリックアートの類に近いものを感じます。平面と思いきや飛び出しているように見えたり、物理的にありえないような形状をしていたりと、それらと同じく思い込みや固定観念をひっくり返すアプローチをとっています。
ただ、これまでの騙し絵・トリックアートと違って、3次元の物体だったり空間を対象にしているのが特徴的と考えます。平面に比べて3次元を扱うのは見られる視点も多岐にわたり、そこもカバーできる世界観と精密さが必要と言えそうです(展示によって一方向から見てもらうものもありますが、本展示では小型模型も設置されているところから、エルリッヒ氏の作るものの外形・アングルまで考慮しているものと推察しています)。
窓からのぞくというなにげなさへの仕掛け
作品のいくつかは、「窓」の形態と「覗く」行為をパターンにしているように見受けられました。電車の窓だったり、飛行機の窓だったり、部屋の窓だったりを、来場者に覗いてもらうというフローです。
この作品だと、ブラインド越しに他の部屋の模様を垣間見ることができたりします。パッと見展示スペースもそこまで広くないのに、覗いた先にリアリティある光景があると奥行きある空間に見えてしまいます。
他にも、電車の車窓が壁に埋め込まれているが、そこにはいろんな国の電車から見える光景が逐次切り替わって表示されたりと、ありえない要素もなかには含まれており、飽きさせない仕組みになっています。
サプライズ性が参加体験型展示にマッチしている
先述とも重複しますが、エルリッヒ氏の作品にはどこかにサプライズを仕込んでいます。鏡と思ったら実は鏡でないところもあったり、観る人の先入観を予測し逆手にとったアプローチが秀逸に思われます。
話は変わりますが、前に電通CDCの高崎卓馬さんの著書 「表現の技術」を読んだことがあります。その本には、人が笑ったり泣いたりするにはその前に驚く要素が必要と書かれていました。驚くことで感情の振り子を動かし、笑い泣くといった共感を作り出すというものです。
高崎さんは仕事上CMを軸に説明されていましたが、エルリッヒ氏の作品もそれに通じるものがあるように感じます。
僕の場合ですと、アーティストの展示作品を見て「あぁすごいな」と思いそこでまた次の作品に移ってしまいますが、エルリッヒ氏の作品を見ると「えっ何これ?」と驚きそれがどういう意図や仕掛けでそうなっているのかを見るとついつい笑みがこぼれてしまいました。
「建物」という作品にしても、実物を見て自分で実際に壁にへばりついてポーズを決めたりしては楽しんでいる大人や子供もいて、「驚き」と「参加型展示」は必要な組み合わせで、これはUser Experience(UX)にも通じるインタラクション要素なのだと思われました。
作品に込められたテーマが明快
これも自己体験ではありますが、エルリッヒ氏の作品には解説を見なくてもおぼろげながらどういうことを主題にしたのかを感じられる作品が多かったりします。
例えばこの作品なら、家が宙吊りになり土台部分に根が張っているというものです。これは、家に根が張っている->人がその場所で暮らした時間が家にも生き物のように根ざした形で反映されている、と作品解説を見ずにそう感じました。
説明せずとも、直感的にテーマを考え楽しめるというのは作品の明快さと同時に、作品に対する親近感を示しているとも言えそうです。
サプライズ性はエンターテインメントには必要な要素であり、かつ作品や世界観に没入していくとっかかりやトリガーになるのだなと、本展示の体験を通して実感しました。
それは別段アートやエンタメ領域に限らず、分野や職種を超えて、人に何かを伝え共感する上でも必要とも言えるわけですし、今後そういうことを自身の活動や仕事面でも意識していきたいなと感じました。